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「自分のサッカー人生に悔いはあります。でも、この決断に悔いはありません。」

そんな感じだったか・・サッカー人生に悔いあり、まさに鬼木さんの言葉だよね。
その言葉だけが余りにも心に刻まれてしまって、他のことを思い出せない。

ヤスもきんちゃんも、涙浮かべつつ、ぐっとこらえて、語り終えたのに
泣き虫鬼木さんは、もう壇上に上がるとっから泣き出し顔で。
ひと言口にだしたら、もう駄目でしたね。

両目から涙ぼろぼろ、頬に二筋くっきりと涙の跡をつけながら。
想いのたけを語る鬼木さんでありました。
全力でプレーすること、それを信条としてた。
でもそれをやろうとすると怪我、治ってまたやろうとするとまた怪我。
そんなような言葉を泣きながら口にする鬼木さんに、
改めて、この何年かの怪我との闘いがどれだけ辛かったかを思わずにはいられなかった。
ファンという気楽な立場であってすら、何度も何度もぶり返す怪我に
最後はもう、気持ち挫けてた。諦めすらあったよ。
そして気持ちの逃げ道を見つけて、逃げ込んで、今のワシに至る。
だけど、闘ってる本人には逃げ道はなく。
その辛い過程をちゃんと見届けられなかった。オタ失格。

川崎が用意してくれた映像は、しょっぱなのヤスがヤバスギで。
正直、それで泣かされ、その余韻できんちゃん、鬼木さんと泣き続けるという感じだったかも。

そもそも、鬼木さんの・・何故あの画像を・゚・・・(汗
もっとええ画像使って欲しかったよ。
涙ぽろぽろしながら見ていたら、リアルお猿顔が出てくるから思わず泣きながらも「そ。。そんな顔って・・」とつっこんでしまい
更に続けて、せっかくのアップ画像が、ここ最近の「紐画像@孫悟空そのまま」だったので、
「ひ、紐って・・最後が紐って・・(P∀`q。) 」と
どこまでもちょっと鬼木さんらしくて、泣き笑いしてました。

試合がジャスティスのお陰で、なにであれな鹿島、になってしまったので
鹿サポが怒って帰っちゃったらイヤだな~~と思っていたのだけど
鹿サポは心広かった。意外に。

社長の挨拶やら関塚さんの挨拶やら宏樹の挨拶やら、ヤスやらきんちゃんやらと、関係ない人たちの挨拶を我慢して聞いてくれて、
最後の最後の挨拶だった鬼木さんに暖かい拍手くれた。
思ったよりも多くのサポが、残って、鬼木さんを迎え入れてくれて
トラメガ持って、鹿島サポに挨拶する鬼木さんだったのだ。
鬼木コールを、ようやく鹿島サポにやってもらえた鬼木さんだったのだ。。
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7年前の天皇杯@瑞穂で、奥ちゃんや内藤さん、チームを離れる選手コールをした鹿ゴール裏。
そこで鬼木さんだけすっとばされた事をワシはまだ覚えてる。何しろ蠍座だ(w
アタシはそれがもう腹たって悔しくて、泣いて怒って帰ってきたんだったよ。
鹿島にとっては、そんな存在だった鬼木さんだったけど、こうやって最後の最後に、コールをしてもらえる舞台を用意してくれるなんざ
まぁ神様なんていない!と言い切ったワシであるけれども、ちょっとはいてもいいかもしれないな、と思い直すにやぶさかではない。
「17」レプ広げてくれてる人もいて、なんとも感無量だった。
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その後は、川崎サポの前で、ヤスやきんちゃん共々、トラメガ挨拶。
それから、再び場内握手して廻って、最後は奥さまや心くんやご両親共々記念撮影とかしてたっけ。
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そんな鬼木さんの姿でありました。
幸せなサッカー生活ではなかったかも、ある意味では。
でも、何度も何度もサポの間を涙ぬぐいながら歩けて、
そして最後には鬼木さんを支えてくれてきた家族と一緒に笑顔で等々力を後にして。
終わり良ければ全てよし。怪我と闘ってる間、何度も聞いた。
きっとそういうことなんだろう。

鬼木さんを応援、いや、勝手に観察(笑)し続けて、
喜怒哀楽、色んなことを思い、味わう、そういう日々でした。
いい事も、いやな事も、ほんとに勝手に色々あったけど
ひとつだけ思う。
あんだけ濃かった日々は、もう多分ない。
最初で最後、思い入れたっぷり抱かせてくれた、そういう選手でした。

ありがとう。
第二の人生、今度こそ悔いなく過ごせる、そういう日々になりますように。
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